野畑は自身にとって身近な人や物、生物、風景などをモチーフにドゥローイング、彫刻を制作します。一見素朴に好きなものを描き作っている様に見える作品群は、野畑の「自分にとって ”ほんとうのこと” を作る」という衝動によって、イメージと概念の関係において、また既存の創作分野の考え方において、容易にはとらえきれない広がりを宿しています。
例えば彫刻の基本素材となる一見石材にも見えるグレーの物質は、型取りをせずに作ったそのままの形を長く残したいという意図のもと、文化財保存や素材開発の分野の専門家から意見を聞きながら10年以上研究してきたという素材です。新聞紙などのパルプと接着剤を配合して作った「粘土」はその繊細なイメージを裏切り、極めて強靭かつ軽量でステンレスワイヤーや樹脂によって更に耐久性を与えられています。
また本展では作品を展示するための台や棚も同素材で手作りされ、それらは独立した作品でもあると言います。”HAKO”と題されたシリーズでは、どこにでもある規格のダンボール箱が世界で一つの手作りの箱として歪みを残して再制作されています。それは彫刻や工芸、あるいはミニマルアートに連なる特殊な物体といった、概念上の区分を背景とした語り口を持ちません。
「自分にとっての制作は生命をつないでくれる ”ほんとうの時間” で、言語や概念はそれを包括できない。」とする野畑の作品は自身の感じる生のリアリティーからダイレクトに発っせられており、暗黙の決まりごとやカテゴリーを念頭におかない姿勢は、むしろそのような常識や区分が記されてきた歴史や社会構造についての切実な問いかけになっている様にも見えてきます。
■アーティストステートメント
『子供の頃からなにか心が動くと描いたり作ったりしてきた。それだけではなく、例えばつまらない授業ではノートも教科書も線や模様で埋め尽くされたし、なにか受け入れられないことを言われて悶々としているとき、退屈でしょうがないとき、いつも絵を描いたり、ものを作りまた壊すということをしていた。そういうひとはとても多いと思う。自分にとってそれらは人生時間の余暇ではなく、その時間こそ自分の生命を維持してくれていた ”ほんとうの時間” であると自覚するまでには何十年もかかった。
「アーティストとして認知されるためには自分のスタイルを確立し繰り返すべき」と何度も言われた経験があるけれど、そう言われて意識的に作ったスタイルは即座に崩壊していった。自らの手が必ず裏切る。たった今決めた、あるいは教えられたそのルールからはみ出すために動き始める。思えば それ – その手を動かしているそれ、は子供の頃からずっと動き続けている。自分にとってもっと ”ほんとうのこと” をつないでゆくために。それ は個人の生命にとって不要なもの、そぐわないものの侵入を防ぎ、ときになにかとくっついてまた離れる。自分にとって描いたり作ったりする時間はそうやって生命を維持しようと働く。』 野畑常義
■作家略歴
野畑常義 /Tsuneyoshi NOBATA
1977年生まれ
東京と神奈川を拠点に活動
2004年 東京芸術大学大学院美術研究科彫刻終了
〔主な個展〕
2019 「アフタードラマ/after drama」(HIROUMI/東京)
2017 「Where from where to」(HIROUMI/東京)
2015 「PINK & BLUES」(新宿眼科画廊/東京)
2008 「KAWAKA AA」(レクトヴァーソギャラリー/東京)
2007 「Sculptrium」(レクトヴァーソギャラリー/東京)
〔主なグループ展その他〕
2017 「Stand Alone」(HIROUMI/東京)
2011 Aprus show case vol.2「Edge of Body」(OGUMAG/東京)
GOD HAND (アートラインかしわ/千葉)
2009 Archives(シンワアートミュージアム/東京)
Wentworth Gaol Project “Re-Socialization”(ミルデュラ/オーストラリア)
2007 Shanghai art fair(上海/中国)
2005 「Paper Bridges」(CAST Gallery/ホーバート・オーストラリア)
2004 デルメンデレ国際彫刻シンポジウム(デルメンデレ/トルコ)
2003 「Choukoku-Ten」(RMIT Gallery/メルボルン・オーストラリア)