川端健太インタビュー

川端さんの絵画はリアリズムの技法、メディウム由来の反射や目元をぼかした表現によってつくられた、交雑した、あるいは多層的な視覚体験をさせるところが特徴的だと思います。現代的なコミュニケーションに関する考察が、作品の元となっていると聞きました。

今「多層的な」と言って頂いたと思うんですが、そこがまさに、自分なりに感じている現代のコミュニケーションの特徴だなと思っていて、同時にそこにまつわる視覚体験が作品での大きな要素の一つでもあります。

感覚的なレベルの話をすると、例えば「フィルターがある感じ」とか、違う言い方だと「ノイズがある」とか、要するに直接性がとにかく低いこと、もしくは認識やコミュニケーションが間接的な状態であることが、今の時代に生きている自分達にとって共通している感覚の一つだと思うんですね。

僕らはPCとかスマートフォンとか、何かを介在させてコミュニケーションをとることが当たり前になっていますよね。それに、そういう物理的な隔たり以外にも、例えばマイナンバー制度がわかりやすいと思いますけど、個人を記号化させている。

僕らの時代、あとは僕のような世代は特にそうかもしれませんが、そうした隔たりが実体よりも先に立って認識されてしまうこと、もしくは隔たりやノイズそのものが実体として扱われてしまう状況が、今のコミュニケーションの大きな特徴ではないかなと考えています。

デジタイズや社会制度の変化に伴って起きる、実体と記号の逆転状況ということですね。川端さんの作品はそこに対してのネガティブか、もしくはポジティブな態度を孕むのですか?

作品に現れているかどうかは別にして、(そういう時代性に対して)たぶん最初は否定的だったと思います。祖母と話していると、やはり感覚的な差異があるんですね。僕なんかは「直接触る、直接見る」という体験がそもそも乏しいですけど、祖母はその直接性という身体性を持っているのだなと感じます。僕はニュースだって引用された状態の、ソースがもはやどこにあるのか、どういう内容だったのかさえ分からないような記事で見ることが多いのに。

祖母とは違い、僕は生まれた時点でそれなりに平和で、しかも整頓されたシステムが身の回りにありました。そういうシステムの中に、つまりもう隔たりというのがすでに与えられたような状況に生まれついていて、それをどうのこうのするというより、まずはリアルなものとして捉えたり、受け止めたり、ちゃんと気づくことの方が大事なんじゃないか、と。案外、自覚のないところに大事な要素が隠されているんじゃないかと思うし、こういうノイズの部分はまさに気がつかないところですから。

川端さんが思う「今はこういう時代なんじゃないか」という時代への肌感覚が、絵として現れて来ているんですね。

先ほど言って頂いた「多層的な視覚体験」という点が、もしそう思って頂けているなら、個人的には嬉しい部分です。さっきの話を作品に移して言うと、例えば強い光沢を塗った画面なんかがそうですね。作品の正面に立ってそれを見ると、必然的に鑑賞者自身が映り込んでしまうんですけど、見る人は作品を見たいのに自分自身がノイズになってそれを邪魔してしまうという、そういう状況が先の話に出てきたような感覚を表現し得るじゃないかと思っています。

目の部分や画面全体が微妙にぼやかされている点も特徴ですが、そうした「見えているのにどこか見えていない」ような視覚性も同じく意図があるものですか?

おっしゃる通り、見えてはいるけど克明には捉えきれていない感触というのが、あの表現のベースにあります。あとは見る位置や光の加減で見え方が違ってしまうこともそうです。言い換えれば流動的だったり、不確実的とも言えると思うんですが、ピントの合っていないままにものを見ているような、そういう時代的な感覚を視覚化出来るんじゃないかという試みの一つです。

先ほど「否定しているのか、肯定しているのか」という話が出ましたが、自分としては、まだもちろん最終的な結論というわけではないのですけれど、そういう感触とか、時代に対しての手触りのようなものを自覚するところに意味があるんじゃないかと思っていて。

どこか懐疑的でありたいと思っている節があるんですよね。だからこそ自分の作品が否定や肯定という固まった姿勢を示すよりも、今の段階では「そういう時代なのでは」と提示することに意義を感じています。

少し嫌な質問ですが、そうしたアイデアのアウトプットの方法として、川端さんは絵画が最適だと考えていますか? つまり、現代ではそうした社会批評的なアートの実践にはインスタレーションや映像で試みるひともいると思いますが、そうした潮流の中で川端さんが絵画を選択した理由を伺いたいです。

確かに、突き詰めて考えたら、もしかしたら違った方法が適切なのかもしれません。けれど、直接性の欠落した時代だからこそ、直接触りつくることのできる絵画に意義や価値を感じてはいます。

特に僕の方法は、言葉にすると写実とも呼べます。そのせいもあって、自分のしていることと美術の世界の流れとか、あるいは歴史とかの関係については、多分他のひとよりももっと考えて、自分で言葉を持っていないといけないのかもしれません。

作品が写実的な性質を含んでいることに引け目を感じるということですか? その必要もないように感じますが。

​​病気というか、持ってしまったものというか、付き合うしかないものだと考えてはいます。自分としても、作品としても、なしにはできない部分です。制作の流れも「ものを見て、解釈して、イメージして、ロジックに当てはめ、ゴールに向かっていく」というタイプですから、余計に。

ただ自分の作品にネガティブというわけではないんです。実は前に彫刻を試していて、そこで少し思ったことがあって。絵画が絵の具を乗せ、手を動かして触った箇所の集積によって出来上がっていくのに対し、(木彫などの掘削するタイプの)彫刻は触った部分が削れ落ち、その残った部分が作品になる。この彫刻体験もあって、直接触れ、その痕跡で出来上がっていく感覚の絵画を肯定することができました。

それに、今までの話で言うと、手で描くというのはどうしても必要な部分なんですね。というのも「実感」がすごく大切な要素になっていて。少し遠くから話すと、僕はもともと筆よりも鉛筆の方が好きなタイプだったんです。鉛筆の方が硬いし、表現の幅も狭い。でもそれが良かったんです。手にしっくり来る感触が合っていた。ずっとバスケットボールをしていた経験もあるのかもしれません。逆に、力の入れ加減で幅が変わっていく、つまりもっと自由な表現ができる筆は苦手でした。そういう人間なので、この表現方法(写実的)は、今の自分にとっては一番実感の持てる方法ですし、つくる上での実感や身体感はすごく大きな要素になっています。

「実感」というワードが出ましたが、川端さんにとってフィジカルな要素は大きいですか? 例えば、絵画を「平べったい物体」か「キャンバスやパネルをプロジェクターとして投射されたイメージ」と区分した場合、川端さんにとってはどちらに該当するでしょうか。

その前提に、言語を入れることは可能ですか? そうした絵画が上か下かは置いておいて、僕にとって絵画は言語なんですね。もともと話すことが苦手で、小さい頃は絵を描く方がずっと楽なコミュニケーションの方法でした。いわゆる「絵を描くのが上手な子」だったのと、絵を描くと周囲も喜んでくれたこともあって、目の前でパフォーマンス的に喋るよりもずっと楽でした。

文章は一つ一つの小さい音や語を集めてようやく本質が伝わるものですけど、僕にとっては絵画もそれと同じなんです。素材を一つ一つキャンバスに乗せていく作業が、まさに僕にとっては言葉を紡ぐ行為のそれなんですね。

大学では技材の研究室にいますが、そうした素材の研究とその話は関わりがありますか?

絵画が言語だという話の延長でいくと、素材のコントロールはやはりうまく話すためのテクニックのことかなと思います。「思っていること、考えていることを、思い通りに言葉にする」ための努力と素材の研究は、僕の中ではほとんどイコールなんです。

つくり手のスタンス的な話ですが、僕個人はできるだけ多くのオプションを持っておきたいと思っているんですね。物理的な意味での作品に関して、特にその保存的な意味合いに関して、ですが。作品が自分の言語だとするなら、それが劣化してしまったり、あるいは完全に無くなってしまっては言いたいことが残らない。「この素材を使えば、こういう効果が出る」というのがあらかじめ分かっていて、そこを自覚した上で作品をつくれたなら選択肢はより多くなると思うんです。

制作の奥にあるスタンスでも、コミュニケーションという要素は大きいのですね。

養老孟司さんが《ART》という語源自体、医学的な、手で成す技、技術にあると言っていて、かつスポーツもそうだろう、と。そう考えると、全部表現なんですよね。僕はずっとバスケットボールをしていましたけど、バスケだと見る人、やる人に分かれていて、プレイヤーとしては見る人にどう見せるか、どういうテクニックを使って驚かせるかを考えますけど、僕個人としてはそこが繋がるんですよね。

「話すのが苦手で、絵の方が楽」と言いましたけど、僕にとってそれはスポーツでも同じで。例えば、小さい頃は運動できるだけで人間関係がクリアになったりしますよね。養老さんの言葉を知った時に、その理屈で、どちらも同じような感覚で出来るんだなって。

だけど、僕には人前に立ったり、パフォーマンス的に何かを提示することは難しい。スポーツではなく絵画を選んでいる理由も、まさにそこで。絵画なら時間をかけて、一枚の画面にたくさんの言葉を乗せて、蓄積させて、それをドンと見せる。その方が性に合っているんです。違う言い方をすると、ずっと独り言を話していることをまとめたテープをみたいな。その喩えだと、少し気持ち悪いですけど(笑)。

先ほど世代の話も少し出ましたが、ご自身のそうした制作への向き合い、考え方や方法論に、世代的な影響を感じますか? それとも、そうした外部的な要因と作品は切り離すタイプですか。

美術は言語と言いながら、一方では、世代的にどうしようもない体験、社会とか世界とかが動くような体験をしていない僕らが何を訴えられるのかとか、そういうことは考えますね。いや、もちろん掘り下げたらあるとは思うんです。僕が生まれたのは地下鉄サリン事件の年ですし、世代的には阪神淡路もあった。けど、あくまで僕個人にとってはですが、どれもテレビの向こうの話として向き合ってしまっていた。それを作品にして語ろうとは、どうしても考えづらかったんですね。

反対に、個人的なことを作品に、とも考えましたが、それもどこかしっくり来ませんでした。もちろん、個人レベルでみたら色んな体験があるにはあります。嬉しいことも、辛かったことも。でも個人の出来事を見せびらかすのに抵抗があったんだと思うんですね。もしくは、自分を大したことないって思っているのかもしれませんが。でもだからこそ、内在的な、あるいは私的な感じより、僕としてはもっと周りを見たかったんです。

そこから、先ほど「テレビ越し」とありましたが、そうした間接的な世界との繋がりがテーマとして出てきたんですね。ですが世代的には、漫画やアニメ、ゲームなどビジュアル的なカルチャーが優勢だと思います。暗喩的な、言語的な性質を作品に持たせるという発想はどこから来ましたか?

確かにアニメや漫画は個人的にもすごく身近ですし、僕の場合は高畑勲や宮崎駿など、アニメから学び取ったところが多いと思います。つくり手がどんな風に、どんな意図でつくっているのかが気になったのも、そのお二人の作品を通してですから。

彼らは戦中や戦後の時代背景を作品に盛り込んでいて、見る側としては、そうしようとさえ思えば読み解きながら作品に向き合うこともできる。そうした姿勢からものづくりのタイプを学んでいる節はあると思います。

自分の作品でも、と考えたのは、それでも学部3、4年の頃ですね。ある種そこを目標に置いてはいたのですけど、けれどその先どうなるのだろうとか考えて進めませんでした。たぶん、技術が伴ってくるとようやく意識が出来るのではないかと思うんです。そうなっていけたのが学部3年から4年の頃でした。

自分なりの方法、視座をつくりながら作品へ向き合えていると思いますが、現時点での自分の評価や以後の活動をどう考えていますか?

さっき懐疑的でありたいとも話しましたが、それは自分自身に対してもそうで、個人的には自分の目で見たことを正しいと思いたくない傾向があるんですね。人間の視覚構造が実は適当で、そこに基づく情報も完全に正確とは言えないということもありますけど、僕は自分が正しいと思わないし、思えない。自信を感じることができるのは、自分のしたこと、できたこと、つまり仕事だけで、それは自分そのものじゃないんです。

今はいろいろなメディアや方法を試している最中で、理論的にも後付けが多いし、全て仮の話としてしか語ることができていないんですけど、それをできる範囲から広げていって、少しずつ経験値をためながら進んでいくのが、自分の性には合っているのかなと思っています。

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